素直 っていうのは相手があってこその言葉で
正直 っていうのは自分だけで成り立つ言葉なんだな
って気付いた。
誰かが言っていた
「素直」は何でも真に受けるということではなくて好意的に受け取ろうという意識が働いている、と。
自分に正直になって、正直に言って、というように
正直は自分に向けて使われることが多いのかもしれないな確かに、と思った。
でも素直にも、素直な気持ちを言う、って使うこともあるなと考えてみると
これはニュアンスというか自分の感覚の話になってしまうけれども
素直な気持ちを言う⇒負の要素であっても相手を気遣って言う
正直な気持ちを言う⇒自分の気持ちに忠実で相手への配慮は薄め
だなと思った。
なるほどなぁ~だから正直者は馬鹿を見る、なんだなって。
正直者は良くも悪くも自分の世界だけを見て自分の為だけに発言したり行動したりする。
それは自分の心にとってはストレスなく良いことであっても
そこに他者が介入してくるとまるで話は変わってくる。
社会で生きることは他人とともに生きなければいけないということだから、
善意も悪意もすべてストレートに受けていたら心身ともにもたないと思う。
相手の悪意を躱す為には、
素直に受け止めたとしてもそれだけではなくその奥には強かさや賢さがある。
正直に受け止めたらその先は無い。
自己完結して終わってしまうからある意味思考放棄でもあるのかな、なんてことも思う。
ただ、勘違いされたくないのは、
正直な人だねって言ったその人のことを馬鹿にしたり蔑んでる訳じゃ決してないっていうこと。
自分の感じたままを感じた通りに発する正直な人。
そこには他者の気持ちだとか思考だとかは一切考慮されていない、
唯々純粋に、自分の内とだけ会話している、
とても真っすぐな人だな、っていう、私なりのひとつの褒め言葉。